あらゆる垣根を飛びこえて。 白黒になった文化にグラデーションを(後編)
テレビでは流れてこない音楽を発掘できるレコード屋、自由な表現と出会えるライブハウスや劇場、新旧さまざまな作品に触れられるミニシアター……。大文字のカルチャーだけではない、小さくとも色とりどりなカルチャーを楽しめる場所は、街中から少しずつその数を減らしている。ポップカルチャーのど真ん中で20年以上活動してきた柏井さんと、京都で地域のインディーカルチャーを見てきたEat, Play, Sleep inc.の堤が、文化産業のこれからについて話す。
堤大樹(つつみ・だいき)写真左
1988年、広島県生まれ。一度台北に住まいを移したものの、大学進学以降は京都に居着く。呉服問屋の営業時代に「関西にこんなメディアがあればいいのに」という想いで、2013年にインディペンデント・カルチャーマガジン『ANTENNA』をスタート。クリエイティブ・ディレクターに転職したのち、2020年に地域やコミュニティに根ざすカルチャーをつくり、育むための企画・制作プロダクション Eat, Play, Sleep inc.を設立。残したいものをWebで長く残すことに限界を感じ、2021年に『OUT OF SIGHT!!!』を創刊。
柏井万作(かしわい・まんさく)写真右
1981年、東京都生まれ。NiEW編集長 / NiEW Inc.代表取締役。2006年に株式会社CINRAを共同創業。カルチャーメディア『CINRA.NET』を運営するほか、 イベントプロデューサーとして入場無料の音楽イベント『exPoP!!!!!』をはじめとする数々のイベントを成功に導く。2021年4月にCINRA編集長を後進に託したのち、あらゆる領域でオルタナティブを提示するアーティストやチーム、組織と共に歩むカルチャーカンパニー「NiEW Inc.」を設立、2023年4月にWebメディアを3言語でスタート。同年10月からは、自身の地元でもある東京都・多摩市にて、ポップカルチャーの文化祭イベント「TAMATAMA FESTIVAL」を企画。
👀まちの小さなレコ屋が消えていった
柏井:ANTENNAや「FIGHT CLUB(※1)」とか堤さんも色々やってるけど、会社としてのミッションはどんなところに置いてるんですか?
※1:2024年に実施した「若手アーティスト」を中心としたANTENNA主催のライブイベントシリーズ。「西日本編」、「東日本編」、「東西対抗戦」の計3回を実施した。
堤:会社やメディアの最終ゴールは、プロとアマと言った2軸に収まらないインディペンデントなカルチャーを育んで世の中に増やしていくことですね。大学時代、軽音楽部でバンドをやっていたんですけど、先輩がパンクバンドとかハードコアのバンドを海外から呼んで部室でライブをしていて。強面の人たちが学食で飯食って帰っていって……。「なんだこれは」ってびっくりしたんです。こうした自由さって、「演奏をする場所はライブハウスに限る」みたいな、世の中に用意された範疇でやり方を選ぶ価値観とは真逆にあるものでした。アーティストは、その時代や環境に合わせた生き方を開発している最先端の存在だと思ったんです。こうした世の中にたくさんあるアイデアを世の中に伝えていきたいっていう気持ちがあって、それでANTENNAを始めたんです。
柏井:めちゃくちゃ分かります。NiEWの「i」は「インディペンデント」や「アイデンティティ」の「i」からとっているんだけど、ジェントリフィケーションが進んで白黒はっきりわかれてしまったことで、社会から文化的なグラデーションが失われている感覚があって、だからこそオルタナティブな活動をしている人たちを応援したい。たとえば自分は小学校の途中で渋谷区の笹塚ってところに引っ越したんだけど、当時は個人商店のレコ屋やレンタルビデオ屋、古本屋があって、そこの兄ちゃんがいろんなカルチャーを教えてくれて。今、そういうものがどんどんなくなっていますよね。
堤:レコ屋みたいなものって、音楽の聴き方も生き方のバリエーションも増やしてくれていたし、アーティストが生きられる場所そのものでもありましたよね。こうしたことを感じた背景には僕のコンプレックスもあって。実家は一般的な中流家庭だったんですけど、家の中には文化資本が少ないことに気がついてしまったんです。自宅のテレビではたいていプロ野球が流れていて、両親は映画館にも行かなければ音楽も聴かない。もちろん、悪いことなんかじゃない。ただ、高校生の時は友達の中でも自分しか聞いていなかった音楽が、大学に進学したら文化資本たっぷりの家で育った人にとってはどメジャーな音楽だったりしたし、何なら親父と一緒に小さい頃からジャズをやってる猛者もいて……。パンチを食らったんですよね。うちの両親も、そうしたものと出会いがなかっただけだと思うんです。東京以外に住んでいても、たまに地元のライブハウスにふらっと足を運んで知らない音楽に触れる選択肢が誰しもに開かれている、そういう環境を作ることが僕はやってみたい。
柏井:すごく共感しますし、東京でもカルチャーのグラデーションはだいぶ失われてきてるので、同じようなこと考えてます。僕は生まれが多摩ニュータウンなので、廃校になった母校や多摩センターの駅前をかりてカルチャーフェス(「TAMATAMA FESTIVAL」「NEWTOWN」)を主催してるんですが、東京の郊外やベットタウンエリアでカルチャーに触れられるスペースを作れたら何が起こるのだろうと思う気持ちがあります。

👀官民や産業の垣根をこえて
堤:地域でどう食ってくか?みたいな話になりますけど、ローカルメディアはなかなか難しいなって痛感しています。ここが東京を拠点にしているNiEWとの大きな違いでもあるなと感じていて。この辺り、柏井さんはどう考えられていますか?
柏井:ローカルな文化に対して、正直もっと公的な支援は必要だと思っていますよ。「NEWTOWN」の頃は都の助成金をもらってましたが、「TAMATAMA FESTIVAL」はそれもなくて結構苦労しています。地域にとって、活性化や教育、コミュニティづくりという文脈で芸術文化は重要なので、行政レベルで支援する必要があると思うんですよね。民間だけでやりきれるのが理想だけど、創業期は特に難しいし。そして地域文化を作っていく上で、それを下支えするメディアは欠かせない存在だし、地域に眠っている面白いカルチャーを発信してるメディアが生き残れなくなると、そこで記事を書いてきた人たちも食えなくなってしまう。
堤:僕の周りだと、この10年でフリーのライターの子たちが軒並み就職した印象があります。
柏井:経済的に厳しい部分はありますよね……。地域プロデューサーみたいな人がいるかどうかで全然違うと思うんだけど、そういう人の元にリソースが集まっていく仕組みがあるといいなって。NiEWとしてはそういうナレッジを多摩で蓄積して、いろんな地域のお手伝いができるといいなと思っています。メディアのノウハウもシェアできると思うし。
堤:メディアがそうしたハブになれるといいですよね。まさに柏井さんが言っていた「コミュニティ」ではないですが(※前半の記事参照)。音楽産業は他の産業と比較するとそもそも規模としても大きくないので、他の産業との接続を作ることが重要だと感じていて。例えば、インディーのミュージシャンがアルバムを1枚作ろうと思ったら、スタジオ代とかも入れて大体30万くらいかかる。この金額って、駆け出しのアーティストにとっては大きいけど、企業の広報費として考えたら現実的な金額だと思います。ミュージシャン一人ひとりにスポンサードがつくような仕組みがもっとあってもいいなとか。
柏井:ですね。仕組み化まではできていないけど、この前、ルミネ荻窪さんとアーティストがコラボして中央線カルチャーを盛り上げる「中央線芸術遭遇」っていうプロジェクトをNiEWでお手伝いして、ああいう取り組みが増えるといいなって思いますね。他にも、「TAMATAMA FESTIVAL」では、スタートアップ企業にブース出店してもらい、そのブース管理や運営も、スタートアップ支援の補助金をもらっている企業に委託していたりします。

堤:その話で思い出したんですが、毎年行ってるSXSW (※2)の中で、ミュージックとインタラクティブの開催期間で観客がガラッと変わってしまうのがもったいないなと感じたんですよね。一方で、韓国のIT企業はエンタメ色が強いので、音楽や映画などのカルチャーとも親和性が高かった。そんな風に両者を接続していくようなことももっとできそうですよね。
※2:サウス・バイ・サウスウエスト (South by Southwest)は毎年3月にアメリカ合衆国テキサス州オースティンで行なわれる、音楽祭・映画祭・インタラクティブフェスティバルなどを組み合わせた大規模イベント。1987年にインディーレーベルのショーケースとして始まり、毎年規模を拡大してきた。
👀「記事を書く編集者」から「分野を横断するディレクター」へ
堤:こういう横断的な取り組みをやっていこうと思うと、「Webメディアの編集者」という枠を超えたスキルや視点が必要になってきそうですよね。僕の中で「編集者」と「クリエイティブディレクター」って似て非なるものだと思ってるんですが、柏井さんはこのあたり棲み分け、どのように考えていますか?
柏井:「編集」という言葉自体がいろんな使われ方をするようになったから難しいですよね。うちの会社はWebメディアの取材執筆もイベントも広告の企画もシームレスにやっているから、あんまり肩書きを分けてないんですよね。むしろ線を引かない方が面白そうだなって思っているかも。堤さんの中で「編集者」と「ディレクター」の違いってどんなイメージですか?
堤:「編集者」より「ディレクター」の方が責任範囲が手広いイメージです。ディレクターは「そもそもなんでこれをやるんだっけ?」みたいな問いを立てたり、何を良しとするのかという、プロジェクトにおける美の基準を作る人だと捉えています。編集者はもう少し現場に身をおいて、自分の手も動かして強度のあるものを生み出すことに焦点があたっている。僕の仮説ですが、クリエイティブディレクターの素養があると経営的な視点も得やすいんじゃないかと。柏井さんがビジネスとカルチャーを両立できているのは、ここでいうディレクター的な側面がご自身に備わってるからなのかなって思ったんです。柏井さんとしては、会社のスタッフにディレクター的な素養を身につけてほしいって考えてました?
柏井:直属のメンバーはその意識で育てていましたし、気がつけば独立起業したスタッフは結構多いですね。ただ、特定のマーケットにどれだけ響くかっていう感覚値は、読者と直接的に接している編集者の人こそ持ってる気もするんですよね。そういう人がディレクター的な視点を兼ね備えたら相当強いんじゃないかなって思います。
堤:それは間違いがない。
柏井:最低でも3〜4年くらいはかかるんじゃないですかね。スタッフに期待はするけど、自分自身も失敗をたくさんしてきてるから「できなくてもしょうがない」っていう感覚ではあって、なるべく同じ失敗を繰り返さないようフィードバックはしています。
堤:おおらかだ。
柏井:許容範囲は結構ひろいかも(笑)。とは言えクリエイティブやクオリティーへのこだわりは強いので、どうしてもな場合は自分で巻き取っちゃいますけど、まずはスタッフたちが打席にたくさん立つ方を大事にしています。
堤:なるほどなあ……。これもトライアンドエラーですよね。なんか、めちゃめちゃやる気でました。ありがとうございます。
執筆:木村 有希(Eat, Play, Sleep inc.)
撮影:村上 大輔








