今この時代にメディアをやる意義ってなんだろう?(前編)
有名無名を問わず、SNSなどで誰しもが発信できるようになり、動画コンテンツが増えることで、情報の価値がじわじわと変化してきた。そんな時代において、Webメディアをやることにどんな意義があるのだろうか。そんな問いをポケットに入れて、カルチャーメディア「CINRA」や「NiEW」を生み出してきた柏井万作さんの事務所の扉を叩いた。2003年に立ち上げた「CINRA」に始まり、長らくポップカルチャーのど真ん中で活動してきた柏井さんは、Webメディアに、そしてカルチャーに、どんな未来を見ているのだろうか。Eat, Play, Sleep inc. 代表の堤が、NiEW inc. 代表の柏井さんとこれからの時代のメディアの役割について考えた。
堤大樹(つつみ・だいき)写真左
1988年、広島県生まれ。一度台北に住まいを移したものの、大学進学以降は京都に居着く。呉服問屋の営業時代に「関西にこんなメディアがあればいいのに」という想いで、2013年にインディペンデント・カルチャーマガジン『ANTENNA』をスタート。クリエイティブ・ディレクターに転職したのち、2020年に地域やコミュニティに根ざすカルチャーをつくり、育むための企画・制作プロダクション Eat, Play, Sleep inc.を設立。残したいものをWebで長く残すことに限界を感じ、2021年に『OUT OF SIGHT!!!』を創刊。
柏井万作(かしわい・まんさく)写真右
1981年、東京都生まれ。NiEW編集長 / NiEW Inc.代表取締役。2006年に株式会社CINRAを共同創業。カルチャーメディア『CINRA.NET』を運営するほか、 イベントプロデューサーとして入場無料の音楽イベント『exPoP!!!!!』をはじめとする数々のイベントを成功に導く。2021年4月にCINRA編集長を後進に託したのち、あらゆる領域でオルタナティブを提示するアーティストやチーム、組織と共に歩むカルチャーカンパニー「NiEW Inc.」を設立、2023年4月にWebメディアを3言語でスタート。同年10月からは、自身の地元でもある東京都・多摩市にて、ポップカルチャーの文化祭イベント「TAMATAMA FESTIVAL」を企画。
👀Webメディアだけがやりたいわけじゃない
堤:この10年でたくさんのオウンドメディアやローカルメディアが生まれては消えていったと思うんです。それはきっと、リソースを食う割に見合った成果が出にくいことに多くの人が気付いてしまったから。そんな中で、柏井さんが2022年に新しく「NiEW」を作ったことには本当に驚いたんです。しかも、2003年から大切に育ててきた「CINRA」というメディアもありながらなので、余計に。なぜ、もう一度Webメディアを作ろうと思ったのかぜひお伺いしたいです。
柏井:メディアって、コミュニティ的な側面があると思うんです。いろんな人との関係性が生まれていく場所なので、CINRAを後進に引き継いだタイミングで新たに自分がコントロールできる「場所としてのメディア」を持っておきたいって感覚はありました。もはや自分にとって「生きるために呼吸する」くらいWebメディアが当たり前の存在になっていたのも大きい。それに、立ち上げから関わってきた「CINRA」は2021年から「社会課題×芸術文化」で発信する方向へ舵を切っていく話があったので、自分はまた別の場所でカルチャーとの関係性を色濃く出せるメディアを作ろうという気持ちがありましたね。
堤:実際やってみて、手応えってどうですか?
柏井:思ったよりありますね。PV数や売上に関しても、3年はかかると予想していた数字を1年で達成することができて。
堤:すごい。柏井さん自身がアーティストとして活動されてきた実績含め、信頼の蓄積を感じる話ですね。
柏井:僕たちはWebメディアだけをやりたいわけではないので、一つの発信基地としてWebメディアが適していたんだと思います。ただ、今の時代で自分がもし25歳とかだったら、Webメディアはやらないと思います。TiktokとかYoutubeとか、プラットフォームや表現の方法は他にも色々あるし。
堤:それは似たようなことを思いますね。時代的に、自分も身体にあるやり方が現在の形だったというだけで。
👀トライアンドエラーの蓄積がメディアの価値
堤:ANTENNAを続けていく傍ら、自分自身が制作会社のディレクターとして良いクリエイターに出会うとか、インパクトの大きな制作の現場を経験するなどをしてしまったがゆえに、今の自分たちのメディアの規模感に少し物足りなさを感じているところがあって。とはいえ、今ANTENNAを運用しているメンバーはみんな有志で集まってくれているので、一人ひとりの生活を考えるとギアを入れる判断も難しいんです。CINRAの立ち上げ時代、こうしたモードを切り替えるタイミングってありましたか?
柏井:CINRAも最初はWebサイト制作などのクリエイティブ事業でなんとかお金を稼いでメディアの方に投資するという形をとってたんだけど、2009年くらいに「メディアが黒字にならなかったらやめる」って決めたタイミングがあって。その頃はみんなで死ぬほど営業して……。そういうフェーズもありました。
堤:記事で読みましたが、テレアポをめっちゃやってたっていう時代ですよね。
柏井:昔はパソコンにCD-Rを取り込むとWebサイトが開いて記事が読める「CINRA MAGAZINE」というメディアを作ってたんです。それが2008年ごろに休刊せざるを得なくなって。毎回1万部を刷って、3ヶ月に1回100万円がなくなるサイクルを繰り返してたんですが、これはビジネスモデル的に売るのが難しいなと。そこで、CINRA.NETというWebメディアでマネタイズを図る方向に変えたんですよね。
堤:葛藤ってなかったですか?ビジネスとして成立させることの重要性を経営層では共有できるものの、現場では反対意見もあったりしなかったのか気になります。
柏井:アーティストからお金をもらうことに対する葛藤はあったけど、ビジネスとして成立しないなら社会から認められていないも同然だと思っていたので、そこに対する悔しさの方が大きかったかもしれません。スタッフに関しては、編集者が営業もやることを伝えた上で採用しているので、営業をすることへの理解はあったように感じますね。ただ、やっぱりヒリヒリしていましたよ。リソース確保も必要だから人を雇うけど、その分売上が必要になるから、「今月何とか300万売り上げないとメディアが……!」みたいな日々でしたね。
堤:お腹痛くなるやつ……。「にわとりとたまごの問題」ですよね。人を先に雇って売上を上げるのか、先に売上を上げてから人を雇うのか。かけたリソースの分だけインパクトは大きくできますが、かけるべきリソースが最初はないし。
柏井:20年ぐらいメディアのマネタイズをやってきたんで、「これをやったら売上の確度がこう変わる」みたいな感覚や、PDCAの回し方は今でこそ身についてきたんですけど、立ち上げ当時は本当にわからなくて、がむしゃらにやってました。トライアンドエラーを死ぬほどした自信だけはあります。これはマネタイズに限らず、Webに掲載する記事作りに関してもそうで、スタッフにも同じようにたくさん失敗してもらった方がいいなと思ってます。
堤:確かに、打席に立つ数が少ないとその一つでスマッシュヒットを打つ必要が出てきますが、なかなかそうしたことは難しい。トライアンドエラーの蓄積があると、そのこと自体がメディアの価値にもなりますしね。
柏井:その積み重ねがあったから、NiEWを1年で軌道に乗せることができたようにも思いますね。
👀東洋医学の視点で、ブランドをじっくり育てる
堤:蓄積の話じゃないですが、柏井さんはCINRA時代から「exPoP!!!!!」というイベントを長らく続けられていますよね。

柏井:もう15年以上になりますね。自分はCINRAやNiEWというブランドを育てたいから、Webメディアだけじゃなくて、イベントやショップなどいろんな媒体を作ってきていて。ブランドには信頼関係が欠かせないので、アーティストや音楽業界の人たち、読者との信頼関係を作るために「exPoP!!!!!」のような場を作り続けてきました。入場無料なのでお金が入ってくるわけではないし、そうすると社内でも価値が理解されなくて、難しいタイミングもあったりはしました(笑)。
堤:入場無料なの、改めてやばいですね。社内で「exPoP!!!!!」の見え方が変わったタイミングってありましたか?
柏井:どうだろう。成果が短期的に見えやすい営業活動と違って、「exPoP!!!!!」みたいな活動はメディアブランドの信頼を積み上げるためにやっているから、点で見ているだけでは分からないかもしれない。1年後の売上ではなく、5年後を見ている。そうのって証明が難しいから、理解されずらいところはありますよね。
堤:すごく東洋医学的な考え方だ。悪いものを取り除いて迅速に症状を抑えようとする西洋医学ではなくて、そもそもの血のめぐりを良くする。わかりやすい数字には現れないけれど「exPoP!!!!!」があることで会社やメディアのめぐりが良くなっている部分が確かにあるのだと。
柏井:売上にすぐ繋がらなくても「これやっといた方がいいな」と思うことをたくさん動かしておいて、数年後にようやく形になる感覚ですね。これは経営者視点じゃないとなかなか打てない手かなとは思います。
堤:NiEWがスピーディに成長できた背景には、地道な取り組みがありますね。
執筆:木村 有希(Eat, Play, Sleep inc.)
撮影:村上 大輔